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最高裁判所第三小法廷 昭和49年(あ)87号 決定

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人福岡定吉の上告趣意のうち、憲法三一条違反をいう点は、記録によれば、自然公園法二四条一項二号所定の「展望所」たる本件摩周第一展望台は、その境界が明示されていて、その範囲が不明確とはいえないから、所論違憲の主張は前提を欠き、その余の所論は、単なる法令違反、事実誤認の主張であつて、いずれも、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない(なお、自然公園法二四条一項二号にいう「展望所」とは、景観の観望を容易にする目的のもとに特別に建造された建物、台等土地に定着する工作物に限らず、右のような目的で人工の加えられた一定区画の土地を含み、利用上これらと付加一体をなすものをいうのであつて、これと同趣旨に解した原判決は、結局正当である。)。

よつて、同法四一四条、三八六条一項三号により。裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(天野武一 関根小郷 坂本吉勝 江里口清雄 高辻正己)

弁護人福岡定吉の上告趣意

第一点 〈省略〉

第二点 原審の控訴趣意第二についての判断は刑訴法四〇五条一号に該当し憲法第三一条に違反する。原審の自然公園法二四条一項二号の展望所についての解釈は「景観の観望を容易にする目的のもとに特別に建造された建物等、土地に定着する工作物にかぎらず右のような目的で人工の加えられた土地を含み、さらに当該公園の利用上これらと付加一体をなす周辺の土地をも含む」と述べている。

法が「展望所、休憩所等」と規定していることは明白である。従つて展望所と休憩所は並列的に考えなければならないのは当然であつて休憩所は展望所ではない。また法は「等」という言葉で展望所、休憩所と同等に考うべきものを予定し規定している。原審のごとく考えるならば展望所の中に休憩所も等もすべて包含されることになる従つて法の「休憩所等」の文言は不要となろう。さらに原審は展望所とは「当該公園の利用上これらと付加一体をなす周辺の土地を含む」と述べる。この様に解したのでは一体どこからどこまでが展望所なのか一般国民は全くわからない。展望台から五〇メートル離れた場所も、あるいは五〇〇メートル離れても展望所になりかねない。しかもこれは刑罰法規なのである。官憲のこのような恣意的解釈から国民を守るのが罪刑法定主義である。国民が確定的に罪が明白にわかることが罪刑法定主義なのではなかろうか。原審の解釈は文理解釈をゆがめ、取締の目的々解釈にしかすぎない。憲法三一条は罪刑法定主義をも規定しているとの点は異論のない所であり、原審は右法規違反の解釈をしていることは争う予地ないものと言わなければならない。〈以下略〉

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